東北大学 ソフトマテリアル研究センター Advanced Imaging and Modeling Center
for Soft-materials (Tohoku AIMcS)

MENU

東北大学 ソフトマテリアル研究センター Advanced Imaging and Modeling Center
for Soft-materials (Tohoku AIMcS)

ニュース NEWS

(Press Release)クライオ電子顕微鏡法を有機溶媒系へ適用拡大 〜メタノールおよび分散ナノ材料の元素分布を初めて可視化〜

research
2026.05.29

国立大学法人東北大学

国立研究開発法人理化学研究所

発表のポイント

  • 従来は水系に限られていたクライオ電子顕微鏡法(注1)の適用範囲を有機溶媒系へと拡大しました。
  • メタノールを用いて、再現性の高い凍結グリッド作製法(注2、3)を開発しました。
  • 独自の元素マッピング法(注4)を適用し、凍結メタノール中の炭素や酸素、および分散ナノ粒子由来のケイ素の検出・可視化に成功しました。
  • 有機溶媒系における材料・物質研究のための新たな分析・評価手法を提供します。

概要

クライオ電子顕微鏡法は、生物試料の研究に広く用いられていますが、近年では水系の非生物試料にも適用が広がりつつあります。一方、有機溶媒系では、凍結グリッドを再現よく作製することが困難であることに加え、電子線照射に対する耐性が低い傾向にあるため、その適用は限定的でした。

東北大学多元物質科学研究所の海原大輔技術職員(同大学事業支援機構 総合技術部 分析・評価・観測群)、佐藤庸平准教授、濵口祐准教授、米倉功治教授(理化学研究所放射光科学研究センター グループディレクター、最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 副プロジェクトディレクター兼任)らの共同研究グループは、最も単純な極性有機溶媒であるメタノールを用いて、再現性の高い凍結グリッド作製法を新たに開発しました。さらに、同グループが開発した元素マッピング法を適用し、メタノール溶媒やメタノール中に分散したナノ粒子由来の元素の検出・可視化に成功しました。本成果は、有機溶媒系における材料・物質研究への新たな分析・評価手法を提供するものです。

研究の背景

クライオ電子顕微鏡法は、溶液試料本来の構造や状態を保ったまま観察できる手法として、これまで主に生物試料の観察・構造解析に用いられてきました。近年では、水系の非生物材料への応用も広がっています。その一例として、本研究グループは、凍結水溶液中に分散したナノ材料を対象に、電子エネルギー損失分光(EELS)法(注5)を基盤とした独自の元素マッピング法を報告しています。

一方で、材料科学分野において重要な有機溶媒試料へのクライオ電子顕微鏡法の適用は、依然として限定的です。これは、従来の凍結グリッド作製法は水溶液試料を前提としており、有機溶媒試料では観察に適した厚さの凍結薄膜を再現よく作製することが困難なことに起因します。さらに、有機溶媒試料は電子線による損傷が大きい傾向にあり、観察中に試料が構造変化を起こしやすいという課題もありました。このような背景から、クライオ電子顕微鏡法による有機溶媒試料の観察例は限られており、特に元素分布を可視化する手法については、必要とされる電子線量が極めて大きいことから、これまでほとんど実現されていませんでした。

今回の取り組み

まず、クライオ電子顕微鏡法の有機溶媒系への適用拡大のため、最も単純な極性有機溶媒であるメタノールを用いて凍結グリッド作製法を検討しました。本研究では、試料溶液の薄膜作製時、従来のようにグリッド全面をろ紙に接触させるのではなく、約半分のみを接触させる「グラジエント・ブロッティング法」を用いました(図1)。これにより、グリッド上において試料液膜の厚さに勾配が形成され、蒸発して乾燥した領域と厚すぎて観察できない領域の中間に、観察に適した厚み(100〜300 nm程度)の凍結薄膜を再現よく形成できることを見出しました。次に、急速凍結に用いる寒剤について検討を行いました。メタノールを液体窒素により非晶質凍結(注6)した報告例はありますが、我々の検討ではグリッドの大部分で結晶化することが明らかとなりました。そこで、水溶液試料で一般的に用いられる液体エタンを用いることで、メタノールの非晶質凍結を実現しました。有機溶媒は液体エタンに溶解する場合がありますが、本手法により作製した凍結メタノール薄膜は溶解せず、良好に維持されることが分かりました。

図1. メタノール凍結グリッドの作製。
(a) 従来法では、グリッド全面をろ紙に接触させ、余分な溶液を除去する。しかし、メタノールは揮発速度が速いため、グリッド全体が乾燥するか、膜が厚くなり過ぎて、クライオ電子顕微鏡観察に適した凍結薄膜を再現よく得ることは困難であった。
(b) 本研究で用いた「グラジエント・ブロッティング法」。グリッドの約半分のみをろ紙に接触させることで、グリッド上で試料溶液の厚さの勾配が形成される。その結果、厚い領域と薄い領域の中間に、クライオ電子顕微鏡観察に適した厚みの凍結薄膜を再現よく形成できる。硫黄K吸収端近傍におけるX線タイコグラフィCT測定の模式図

このようにして得られた凍結メタノール薄膜を用いて、電子線照射に対する耐性を評価した結果、従来の報告から想定される耐性よりも大きく、水と同程度の高い電子線耐性を有することが明らかとなりました。さらに、EELS法による分析および元素マッピングを行った結果、メタノール由来の炭素および酸素の検出、およびそれらの分布の可視化に成功しました。

溶液分散試料への応用を目指し、メソポーラスシリカナノ粒子(注7)が分散したメタノール溶液についても検討を行いました(図2)。本試料においても、「グラジエント・ブロッティング法」を用いることで、観察に適した凍結薄膜が再現よく得られ、ナノ粒子の形態情報や分散情報を取得することができました。また、EELS分析を行ったところ、ナノ粒子由来のケイ素の信号は、メタノールに由来するプラズモン信号(注8)の強いバックグラウンド(背景)信号上に重なる形で検出されました。この課題に対し、電子線照射量の抑制と高い検出精度を両立した独自の元素マッピング法を適用することで、バックグラウンドおよび試料ドリフトの影響を適切に補正し、ナノ粒子由来のケイ素の分布を明瞭に可視化することに成功しました。

図2. クライオ電子顕微鏡法を用いた凍結メタノール薄膜中のメソポーラスシリカナノ粒子の元素マッピング。
(a) 凍結試料の側面模式図。孔の空いた炭素支持膜上に形成された凍結メタノール薄膜中に、メソポーラスシリカナノ粒子が包埋された様子。
(b) クライオ電子顕微鏡像。凍結メタノール薄膜中に包埋されたメソポーラスシリカナノ粒子の形態および分散状態が確認できる。
(c) 独自の元素マッピング法によって得られたケイ素(Si)マップ。メソポーラスシリカナノ粒子の位置に対応してケイ素の信号が明瞭に検出されている。

今後の展開

本研究では、従来困難とされてきた、有機溶媒試料の再現性の高い凍結グリッド作製、および凍結有機溶媒中に分散したナノ材料の元素分布の直接可視化を達成しました。本技術は、塗料、インク材料、コーティング材料など、有機溶媒を用いる材料の開発や品質評価への応用が期待されます。また、触媒材料や薬物送達材料などにおいて、機能発現に関わる微視的構造や元素分布の解明への応用が期待されます。さらに、他の有機溶媒や複合材料への応用を進めることで、有機溶媒環境下における材料の理解が一層深まるものと考えられます。

謝辞

本研究は、JSPS科研費奨励研究(研究代表者:海原大輔、JP23H05219、JP25H00211、JP26H00206)、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業探索加速型「超原子座標構造の可視化による創薬の革新(研究代表者:米倉功治、JPMJMI23G2)」、日本医療研究開発機構 生命科学・創薬研究支援基盤事業」(研究代表者:米倉功治、JP25ama121006)、東北大学ソフトマテリアル研究センターの支援を受けて実施されました。

用語説明

注1.クライオ電子顕微鏡法:急速凍結した試料を液体窒素温度付近の極低温下で観察することで、電子線による試料損傷を抑えつつ、試料本来に近い状態で観察することのできる電子顕微鏡法。

注2.グリッド:直径3 mmの金属メッシュからなり、その上に直径約1 μm(用途に応じて様々なサイズがある)の孔が多数空いた炭素支持膜が張られている。孔内に試料溶液が保持され、凍結薄膜が形成される。

注3.凍結グリッド作製法:試料溶液を塗布したグリッドにろ紙を接触させ、余分な液体を除去することで薄膜を形成する。その後、急速に液体エタンなどの寒剤中にグリッドを浸漬し、試料薄膜の凍結を行う。通常は、ろ紙を当てる時間や強さを調整することで膜厚を制御する。

注4.独自の元素マッピング法:本研究グループは、2025年、電子エネルギー損失分光(EELS)法を基盤とし、正確なバックグラウンド補正およびドリフト(観察対象のわずかな動き)補正技術を組み合わせ、凍結水溶液試料中のナノ材料の元素分布を可視化する手法を報告した。(2025年8月1日付東北大学プレスリリース「凍結溶媒内のナノ材料の元素分布を直接可視化できる技術を開発 〜生命科学から材料科学に至る広範な物質研究への寄与に期待〜」)

注5.電子エネルギー損失分光(EELS)法:電子線が試料中の元素と相互作用する際にエネルギーを失った非弾性散乱電子を分光し、元素や化学状態に関する情報を得る手法。非弾性散乱電子は微少なため、その検出には一般に高い電子線量が必要とされる。

注6.非晶質凍結:溶媒分子が不規則に並んだ状態を保ったまま固化すること。クライオ電子顕微鏡観察では、溶媒が結晶化すると試料本来の構造が変化したり、結晶由来の強いコントラストが観察の妨げになったりするため、非晶質状態での凍結が重要となる。

注7.メソポーラスシリカナノ粒子:ナノメートルサイズの細孔を多数有するシリカ粒子で、大きな比表面積を持ち、触媒担体や薬物送達担体などに利用される材料。

注8.プラズモン信号:試料中の自由電子が集団的に振動する現象(プラズモン)に由来する信号。元素マッピングにおいては、バックグラウンド信号として現れ、着目元素の信号検出を妨げることがある。

論文情報

“Cryo-EELS elemental mapping of organic-solvent systems”
著者:海原大輔*、佐藤庸平、濵口祐*、米倉功治*
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 教授 米倉功治、准教授 濵口祐、技術職員 海原大輔
Microscopy
DOI: 10.1093/jmicro/dfag027


🔗 プレスリリース本文(PDF)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
教授 米倉 功治(よねくら こうじ)
TEL: 022-217-5380
Email: koji.yonekura.a5*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東北大学多元物質科学研究所
准教授 濵口 祐(はまぐち たすく)
TEL: 022-217-5381
Email: tasuku.hamaguchi.c3*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東北大学多元物質科学研究所
技術職員 海原 大輔(うなばら だいすけ)
TEL: 022-217-5381
Email: daisuke.unabara.c1*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
Email: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL: 050-3495-0247
Email: ex-press*ml.riken.jp(*を@に置き換えてください)