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[Press Release]凍結溶媒内のナノ材料の元素分布を直接可視化できる技術を開発 〜生命科学から材料科学に至る広範な物質研究への寄与に期待〜
国立大学法人東北大学
国立研究開発法人理化学研究所
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)
発表のポイント
- クライオ電子顕微鏡を用いた新たな元素マッピング技術を開発しました。
- 凍結溶媒内のナノ粒子や粒子表面を修飾するタンパク質に由来する元素の検出と可視化に成功しました。
- 凍結溶媒内のナノ粒子から、生体の構成元素であるカルシウムやリンの検出・可視化に成功しました。
- 広範な物質研究における新しい分析・評価技術となることが期待されます。
概要
タンパク質などの構造を調べる際、試料を急速凍結した後、液体窒素で極低温を維持したまま観察できるクライオ電子顕微鏡(注1)を用いることによって、電子線照射による損傷が抑えられ、溶媒中あるいは溶媒を含んだ状態における試料の本来に近い姿を捉えることが可能です。この技術は、生体分子や細胞などの生物試料の観察や構造解析に広く利用されています。近年では、生物試料にとどまらず、非生物試料や生物-非生物ハイブリッド試料の観察にも利用が広がっています。
東北大学多元物質科学研究所の海原大輔技術職員(同大学事業支援機構 総合技術部 分析・評価・観測群)、佐藤庸平准教授、濵口祐准教授、米倉功治教授(理化学研究所放射光科学研究センター グループディレクター兼任)らの共同研究チームは、クライオ電子顕微鏡を用いて、凍結した溶媒内に存在するナノ材料の元素分布を高精度で可視化して分析する技術を開発しました。これにより、溶液中での材料の構造と状態に加えて、構成元素に関する情報が得られることから、ナノ環境で構築される生命科学および材料科学研究の飛躍的な発展が期待されます。
本成果は、米国化学会の専門誌Analytical Chemistryオンライン版に、2025年7月31日付で掲載され、本誌のSupplementary Coverにも選出されました。
研究の背景
クライオ電子顕微鏡法は透過電子顕微鏡を用いた測定の一種で、溶液中における試料本来の構造と状態を維持したまま観察できる手法です。クライオ電子顕微鏡によって得られる透過像からは、凍結溶媒内に存在する試料の大きさ・形状・分散状態などの情報を主に得ることができます。さらに、試料の構成元素の情報を得ることができれば、より詳細な解析・評価を可能とする強力な手法になります。
これまで、透過電子顕微鏡を用いた元素マッピング法の一つに、電子エネルギー損失分光(EELS)(注2)を利用したエネルギーフィルター透過電子顕微鏡(EF-TEM)法(注3)が知られています。EELS/EF-TEM法では、微弱な信号を検出するために高い電子線照射量が必要であり、試料損傷やドリフト(注4)が大きな問題となります。このため、従来は室温かつ乾燥状態での測定が一般的であり、主に電子線照射に強い金属や無機材料の乾燥試料に用いられてきました。溶液分散試料の構造・分散性評価と元素マッピングを同時に行うには、凍結することで試料の自然な状態を保ち、同時に試料の損傷を抑え観察できるクライオ電子顕微鏡を用いる必要があります。実際にクライオ電子顕微鏡を用いたEELS/EF-TEM法の溶液分散試料への適用例はあるものの、観察が比較的容易な金属や、数百nm〜1 μm程度の大きな領域に限られており、有機材料への適用や、空間分解能および検出精度にも課題が残されていました。
今回の取り組み
クライオ電子顕微鏡を用いた溶液分散試料のEELS/EF-TEM測定では、試料損傷やドリフトに加え、氷由来のプラズモン信号(注5)が強く検出されます。その影響によるバックグラウンド(背景)信号の増大が問題となることが明らかになりました。そこで、共同研究チームは、正確なバックグラウンド補正ができる3-window法(注6)に試料ドリフト補正技術(注7)を組み合わせることで、高精度かつ高分解能な元素マッピングを可能とする撮影法を開発しました。さらに、電子顕微鏡撮影制御プログラム「ParallEM」の追加パッケージを新たに開発し、撮影時のエネルギーシフトの制御を容易に実行可能としました。
今回開発した技術を用いて、シリカナノ粒子の元素マッピングを試みたところ、凍結溶媒内における粒子の構造および分散状態と合わせて、粒子を構成するケイ素の分布を明瞭に可視化することに成功しました。また、元素マッピング可能な最小粒子サイズを調べたところ、約10 nmであることが明らかになりました。本技術は、表面がタンパク質によって修飾されたナノ粒子にも適用可能であり、電子線照射量を制御することによって、シリカナノ粒子由来のケイ素および表面タンパク質由来の炭素の二元素について、同一視野におけるマッピングを達成しました(図1)。これは、表面修飾のような微細構造における元素分布を可視化できた点で、非常に重要な成果です。さらに、骨や歯の主成分として知られる無機バイオマテリアルのハイドロキシアパタイト粒子に本技術を適用し、生体において重要な元素であるカルシウムおよびリンの分布を可視化することにも成功しました(図2)。

図1. クライオ電子顕微鏡を用いた表面修飾ナノ粒子の元素マッピング観察。(左下)通常のクライオ電顕像からは、ナノ粒子の大きさ・形状・分散状態などが分かる。(右上)ケイ素のマッピングでは、シリカナノ粒子由来のケイ素が検出・可視化された。(右下)炭素のマッピングでは、表面修飾タンパク質由来の炭素に加え、グリッド支持膜由来の炭素が検出・可視化された。

図2. クライオ電子顕微鏡を用いたヒドロキシアパタイト粒子の元素マッピング観察。(左)通常のクライオ電顕像からは、ヒドロキシアパタイト粒子の大きさ・形状・分散状態などが分かる。(中央、右)ヒドロキシアパタイトの構成元素であるカルシウムおよびリンが検出・可視化された。
今後の展開
今回開発した元素マッピング技術を用いることで、バイオ材料、医療材料、食品材料、触媒材料、インク材料など、多様な溶液分散試料のより詳細な分析・評価が可能になると期待されます。本技術は、生命科学から材料科学に至る広範な物質研究の発展に大きく寄与するものと考えられます。
謝辞
本研究は、JSPS科研費奨励研究(研究代表者:海原大輔、JP25H00211)、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業探索加速型「超原子座標構造の可視化による創薬の革新(研究代表者:米倉功治、JPMJMI23G2)」、日本医療研究開発機構 生命科学・創薬研究支援基盤事業」(研究代表者:米倉功治、JP23ama121006)、東北大学ソフトマテリアル研究センターの支援を受けて実施されました。本論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』によりOpen Accessとなっています。
用語説明
注1.クライオ電子顕微鏡:タンパク質やウィルスなどの生体分子や細胞を含む水溶液を液体エタンによって急速凍結(非晶質凍結)し、液体窒素冷却下、電子線による損傷を抑えながら、自然に近い状態で観察する電子顕微鏡。
注2.電子エネルギー損失分光(EELS):電子線が試料と相互作用する際にエネルギーを失った非弾性散乱電子を分光し、試料の元素組成や化学状態を分析する手法。
注3.エネルギーフィルター透過電子顕微鏡(EF-TEM)法:試料を透過した電子のうち、特定のエネルギーを持つ電子を選択的に結像する手法。
注4.ドリフト:電子顕微鏡による撮影中に、ステージの微小な動きや電子線照射の影響などによって、観察対象がわずかに動いてしまう現象。
注5.プラズモン信号:EELSスペクトルにおいて、物質中の自由電子の集団的な振動(プラズモン励起)に起因して、低エネルギー損失領域(通常、数 eV から数十 eV)に現れる信号。
注6.3-window法:検出元素よりも低エネルギー側に位置する2つのエネルギーロス像とロススペクトルの強度からバックグラウンド強度を推定し、それを検出元素のエネルギーロス像の強度から差し引くことで、元素マップを得る手法。
注7.試料ドリフト補正技術:試料像を動画として取得し、各フレーム間の相関解析を行うことで、撮影中のドリフトに伴って生じるブレを補正し、像質を向上させる技術。
論文情報
“Low-Dose Elemental Mapping of Light Atoms in Liquid-phase Materials Using Cryo-EELS”
著者:海原大輔、佐藤庸平、濵口祐*、米倉功治*
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 教授 米倉功治、准教授 濵口祐
Analytical Chemistry
DOI: 10.1021/acs.analchem.5c02121
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
教授 米倉 功治(よねくら こうじ)
TEL: 022-217-5380
Email: koji.yonekura.a5*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
東北大学多元物質科学研究所
准教授 濵口 祐(はまぐち たすく)
TEL: 022-217-5381
Email: tasuku.hamaguchi.c3*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
東北大学多多元物質科学研究所
技術職員 海原 大輔(うなばら だいすけ)
TEL: 022-217-5381
Email: daisuke.unabara.c1*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
Email: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
理化学研究所 広報部 報道担当
TEL: 050-3495-0247
Email: ex-press*ml.riken.jp(*を@に置き換えてください)
科学技術振興機構 広報課
TEL: 03-5214-8404
Email: jstkoho*jst.go.jp(*を@に置き換えてください)
(JST事業に関すること)
科学技術振興機構 未来創造研究開発推進部
正木 法雄(まさき のりお)
TEL: 03-6272-4004
Email: kaikaku_mirai*jst.go.jp(*を@に置き換えてください)